1話物語⑩

秋の日の夜

この寂しい夜に私は1人きりだ。

外ではコオロギがないて、霜の振る寒い晩であるのに、誰もいないこの家の中で1人で寝るのだろうか。

私はそう思いながら、むしろを下にひいて、横になった。

片袖を敷いて、私はただ、寂しさが募っていた。

こんなに外は虫達などの音で賑わっているのに、この中は、私1人きりで、とても寂しい空間が広がっている。

なんて悲しいのだろう…。私のそばに居てくれたあの人は、もう遠い存在になってしまったのかもしれない。

楽しい日々だった。しかし、今晩のあのつれない彼女の言葉、ぎこちない話し方、仕草それを考えると、ただ、とても悲しくなる。

きっと私の事など、もうどうでもいいと思っているのだろう…。

あんなにも、素晴らしい時間が過ごせていたのに、私はなんて悪いことをしてしまったのだろうか…。

もう、頭の中で、彼女を作り出すことしかできない。

そうなのだろうか…。

私は孤独の中、頭の中に楽しかった日々のことを浮かべた。

ただ、そこには変わらずにあった喜びが広がっている

─────

袖にかかる涙

私はいつも泣いている。

もどかしい事があって、どうしようもない。この気持ちをどうしたらいいものか…。

袖には、我慢しようとも、しきれずたまった涙がこぼれ落ちて、びっしょりと濡れている。

この世界に生まれて、いつも、何か別れたり、苦しみによって頭の悩ませたりする。

それは人からもたらされるものも、自分でもたらすものもある。

その数だけ、私は衣を濡らしてきた。今、思えば、その数だけで、もうかわく暇もない程に濡れている。

まるで、干潮の時でも見えない沖の石のよう。

いつまで濡れているあの石のよう。

もうどうしようもない。

私はあの人を思っているのです。

この気持ちが続くまで、私はあの人のことを思っていようと思います。

たとえ、どうであろうと、気持ちには嘘はつけない。

どんなに相手に悪い所があろうと、それは、変わらないのです。

好きという気持ちは、嘘にできないのです。

変わらないもの

私は大きく変わらないことをこの世に願っている。

人は大きく変わること求めるが、変化に対応できない。

だからこそ、思うのです。

世の中は永久に変わらないものであって欲しいと。

過去のあの日々が、嘘のようになってしまう。それを思うと、今がとても苦しくて、無くなってしまうことを強く恐れる。

私はこの世界を強く求めていたのに、1日のことで、全て瓦解してしまう。

そう考えると、悲しさでもうやるせない気持ちになる。

あの波打ち際をこいで行く漁師の小舟を綱で引いていく景色。

それを見るとしみじみと感じ入り、私の心をとらえた。

あの風景もまた、美しい1つであるのに、無くなってしまうのはとても悲しいことだ。

楽しい日々を過ごしていたはずが、この1日の出来事で、全てがないものとされてしまう。

それを思うだけでも、私はもうやっていけない。

私はなんで、あんなことをしたのだろうと、また、悩んで、苦しむのだろう。

何故、あの時、こうしたのか…。何故あの時したのか…。私は自分のしてしまっていた多くのあやまちに、苦しんでいる。

もうどうしようもないことでも、あの日々が失われてしまうかもしれない恐怖に比べれば、些細なこと。

私は求めすぎてしまった。あの人に…。

今はただ、ありのままの風景を愛したい…。

何かの音

近くの山に秋風がこの夜更け過ぎに吹いた。

とても涼しい。

私はそっと、山の中でそう思った。

そして、近くには、古くに都だったあの場所がある。

もうあの繁栄していた頃とは程遠いが、しっかりと残っている何かがある。

私はただ、耳をすませていた。

とても涼しい秋風の音、そして、その中に聞こえてくる何かの音。

寒々と衣を打つ音だ。私の耳に入ってくるその音、秋のひとつの出来事。

私はそれを聞いて、古くなってしまった都ではなく、今もまだ続いている美しい都であることを心の中で思った。

そこにはまだ人が居て、しっかりと、変わらない何かがある。

私はそれが大切なことであると、心の中で強く思ったのだった──────

法衣

私はこの世界の人に言いたいことがある。

身の程をわきまえないことであるのは重々承知だ。

だが、これを言わないと、私はどうも踏ん切りがつかない。

だからこそ言おう。

この辛いことの多い世の中だからこそ、私の法衣の袖をおおいかけよう。

苦しいことが多いからこそ、人は悩んで、そのどうしようも無くなった気持ちを何かで晴らそうとする。

それを私は受け入れよう。

この今居る山に住んで最初の頃から来たこの法衣の袖で。

これを着る時に、私は決めたことがある。

人を受け入れ、無理に排除しないことを。どれだけ苦しいものであっても、それを喜んで受け入れて包み込む。

無理にしめだすことはせず、やってきたものを拒まない。その姿勢を崩すことなく、私はずっと居たい。

この法衣を着たのだから、それは私の使命だと思っている。

人々が、喜び、幸せに暮らせる未来こそ、私の追い求める理想。

この法衣は全てを受け止めることにある。

私はただそう信じる。

花と命

春のある日、とても大きな風が吹いた。

それはとても強いもので、庭にあった綺麗な花を散らせる。

それはさながら雪のようだった。

桜が降るこの庭の景色もいいものだと思いつつも、早々と散ってしまう桜を思うと、悲しい気持ちになる。

何故、こんなにもはやく行ってしまおうとするのか…。

まだ残っていればいいのに…

そう思って、ただ、桜を見つめていた。

すると、その中の1つの花びらが私の手に降ってくる。

これは…?

それは小さいながらも、とても綺麗で大きな存在感を放つ、桜の花びらだった。

この花びらは、ふりゆくようで、何も変わらないこの色を身に宿しているのだろう…。

そうして、私は自分の手を見つめた。

もう、見てはいられない程に、しわだらけの手がそこにある。

そうか、ふりゆくのは、私の身だけなのかもしれない。

思えば、春は、1年に1度やってくる。枯れてしまった花も元通りになって、綺麗に1面を彩り咲き誇る。

寿命など感じさせないように。

私の身はどんどんと老いてゆくのか…。

そう考えると、少し寂しくなった。

できることなら、長く老いずに居たい。そう思いつつも、いつの間にか、こんなにも歳をとってしまった。

そして、そうか…と納得する。

こうして、変わらないものがある。

それは喜ぶものだろう…。

この先も、ただ、身近にある喜びに目を向けたいものだ。

あなたのこと

私はあれからとても長い時間待った。

けれども、あの人はいくら待ってもやってこない。

どれだけ待っても、もう会うことはないのだと思うと、とても悲しくなることだ。

それはまるで、あの景勝地の風のなくなる夕なぎの時に焼く、藻塩がこげるように…。

私は身も恋しい思いにこがれつづけている。

あの人を待っても、来ないのではないかと、自分のことを嫌いになってしまったのでは無いか…。

そう考える度に、無常な日々がただ過ぎるばかり。

私は今まで大きな間違いをしていたのか…。この恋しい思いを引きずりながら、これから過ごさなければいけないのか。

自分のしてきたあやまちをくいながら、これからを過ごすのだろう…。

そう考えるだけでも、悲しく人恋しい日々が流れていくのです。

これ以上考えても仕方ないのか…。私はどうしたら…そう考えるだけで、ただ、1人悲しくなっている。

私は、あの、楽しかった思い出にはせるばかりです。

あの時は変わらない喜びが確かにあった──────

夏のある日

風がそよそよと吹く。

それが、ならの葉にあたる。

その小川に近くある夕暮れ、それは、今が夏の日ではないかのような、秋を浮かべさせる。

しかし、川のほとりで行われていること、それが、今が夏だと言うことを教えてくれる。

夏の今日は、ほとりで、みそぎが行われる。自らを清めるため、川の水で、体を洗う。

罪、けがれをなくすため。

その両者に、そまってしまった。今、思い出せば、何故、あんなことをしてしまったのかなどの後悔が山ほどある。

戻れることなら、あの時に戻りたい。そう思えども、自分のしてしまったあやまちは、どうしても変えることができない。

振り返って、あの過去に手を伸ばし、もう戻らないものを嘆く。

私には、もう何も無いのだ。

今日、私は彼らとともに、みそぎを行おう。

それは、過去の嘆きを止め、また新しい気持ちで、過去の後悔を帰るため。

喜ばしい未来のために、また歩き出すのだ。人の笑顔が溢れるそんな理想郷へ…。

思い通りにならないこと

ある日は、人がとても恋しくて仕方なくなり、なんていい人なのだろうと思いつつも、時には、人がうらめく思われる。

人の感情はなんと儚いものだろうか…。ある日、どれだけ好きであろうと思えども、それは嘘であるかのように、無かったものとして、全く逆の感情が沸き起こる。

いいことが起これば、私に、嫌なものを押し付けてくるある日があり、また、欲望に包まれる私が居る。

この心に湧き上がるもの、それを、止めて、ただ、理想へと歩いていきたい。

そう思いつつも、弱い自分の心がそれを許さない。

世の中を自分の思うとおりのならないこと、それが悲しく苦々しいと思う。

私はただ、求める理想を、成し遂げたいだけだった。

けれども、それは一晩の夢であるかのように、いつの日にか消えてしまう。

あれこれ物思いしつつも、変わってしまう自分の心がにくい。

考えて、変わっていく、絶えない考えが…。

またあれこれ考えて、何もできないで終わっていくのか…。

そう考えると、もどかしい気持ちで一杯になる。

もし、できることならば、どんな悪いことが起こっても、変わらず強い心で居られる…そんな力が欲しい。

人々を優しく照らせるそんな光でありたい。

これから、作っていきたいのである…

あの頃とこれから

私の住んでいたあの場所に訪れた。

もう荒れ果てて、見る影もない。

ただ、私はそれを見ていた。目をこらすと、軒端にひっそりと忘れ草が咲いている。

あぁ、あれはしのぶ草だ…。

私はそう呟くと、しのぼうとしても、しのびきれない、あの日のことが浮かんでくる。

最初は良かったはずだった。しかし、時が経つにつれ、多くのことが積み重なっていく。

それが、どんどんと自分の視野を狭め、私を苦しめた。

周りが、こんなにも、悪いものであるから仕方ない。

そう思いつつも、変われない自分が居るのが確かだった。

けれども、とても、未来への展望も明るく、進めていけていた、あの日のこと。

それを思うと、今、どうしてこうなってしまったのだろうかと悔やんでも悔やみきれない。

誰かのせいにできるものなら、していたかもしれない。しかし、それでは、変わらないのは分かっている。

内にある欲に暴走し、どんどんと崩れて言ってしまう、私の展望と、この先も続いていけば、希望があるのかという絶望感…。

それを思うだけでも、悲しくなってくる。

慕わしい昔の、私の繁栄していたあの頃が懐かしい…

そして、悔やまれる…。長い間、築いて居たかったあの日のこと。

それは、もう今では、無理なことなのだろうか…?

積み重なっていった苦しみに、積み重なっていった自らへの否定。

悪人のように見える自分の姿と、罪悪感。

暴走してしまう、自らの欲望。どうやっておさめることか…。

私はただ、思い返すと、悲しくなっていた。

素晴らしい過去は、思い出せば思い出すほど、暗い世界を見せ、こうなればいいだろうという、未来への希望は、過去の一時期によって打ち消されてしまう。

この1つの失敗が、それを全て否定してしまうのである。

これから、どう歩んでいけばいいか…そして、私は理想を成し遂げることができるか…。

そっと、見上げると、そこには、しのぶ草があった。

それは、しのびながら、必死で咲いている強い力…。

忘れ草の名のように、人に忘れられながらも、必死で咲いて、しのび草の名のように、しのびながらその体を必死で上へと向かせていく。

ただ、目標に向かって進むそれは、不言実行、そして、決めた道を突き進むという、初志貫徹の意志をみた…。

なんだか、その強さに、私は励まされた。

これからのこと。それは、また辛く苦しいものかもしれない。

けれども、嬉しいこと、楽しいことは必ずある。

だからこそ、ただ、今は進んでいきたい。

私の求める未来のために。あの草のように、できる限りのことをして、ただ未来へと歩もう────────

あなたと再開

あれからとても長い日が経った。

多くの物語に触れ、出発する頃に思っていた通り、悲しいもの、もどかしいもの、人のつれなさを嘆いたことだってあって、必ずしも、いいものとは言えませんでした。

けれども、その中にも、自然の美しさを喜ぶもの、誰かを思いやる心、相手を気遣ったものが多くあります。

それが、とても貴重で大切なことだと思いました。

一つ一つの物語が積み重なり、自分というものを作った。

そこには、多くの物語があり、多くの楽しい日々があって、それを共有することができる。

この旅でそれを強く思いました。それはとてもいいものでも、悪いものでもありません。

しかし、私は強く思いました。この旅をして良かった…と。

触れることは無かった、相手の心の奥底、そして、自分の苦しみと他人の苦しみ、それを知ることができた。

私一人が苦しんでいる訳では無い。自分一人が、相手に求めて、そうして、悩んでいる訳では無いと…強くそう思ったのです。

これから、あの人がいるあの場所に帰ろうと思います。

あの時に言った約束。急流で、川が岩にぶつかって2つに別れる。

その先…。

私とあなたとのしばしの別れ。

そして、2つに別れた川は、いずれまた1つの川に戻る。

今、別れてしまったとしても、またいつか出会う。

私はそれを信じて、今は、目の前の道を進もうと思います。

あなたが待っている、旅に出るという岩でさかれてしまった2人が出会う先へ…。

帰る道の途中、色々な思い出が溢れてきた。

その出会いの中には、友達を深く思う人が多く、時には自分の置かれる場所を、肯定する人も居た。

それは強く、一人一人の思い。

時には崩れて、偏ってしまう愛だとしても、また元の相手を思いやる気持ちに変わり、再び進んでいく。

私の今までの旅はとてもいいものだった。

私はただ、あの人と居られる喜びを…

ただ、噛み締めよう…忘れてしまうこともあるかもしれない。

しかし、何度でも振り返って、何度でもあの心を取り戻し、ただ、進みたい。

そうか、岩によってさかれたものは、心でもあるのだ。

何度でも、私は、あの時の幸せを思い出し、進んでいこう…。

心の中にある、この喜びのために。

ただ、目の前の道を…。

そう思うと、この道もとても楽しいものに変わった。

ただ、あの人と過ごす時間。それを大切なものだと喜びたい…

いくら気分が変わろうとも、もう一度、振り返って進んでいく…。

私はそう心に決めた。

ところで、近くにあった小さな川は、岩によって引き裂かれるも、合流し、再びともに手を繋ぎ、旅をはじめたのだった─────────