1話物語⑨

鳥の声と月

それは私が散歩している時のこと。

鳥の声がとてもうっすらときこえてきた気がしたので、その方角を見てみた。

すると、その姿は無かった。

私の経験から考えるとあれは、ほととぎすの鳴き声だろう。

しかし、あたりは、すっかりと朝の明るさを失い、真っ暗闇に包まれていた。

ほととぎすは、あの暗闇の中に隠れてしまったか…。

そう思って歩いていると、段々と日の光がのぼってきた。

あたりはいつの間にか朝になる。

今日は長い間歩いたな…。

私はそう思って、歩いた道のりのことを思い出していた。

すると、あのほととぎすのことが浮かんだ。

鳴き声だけで、姿はいっさい見えなかった。

すると、また、ほととぎすの鳴き声が後ろからきこえてくる。

私はすぐに振り返った。

すると、有明の月が浮かんでいた。

残っていたのだろうか…?

わたしはそう考えると、ふと考えた。

もしかしたら、ずっとあの月がほととぎすだったのかもしれない。

何かの考え事に夢中になっていた私を、よんでいたのかもしれない。

あの美しい月を見失って、考え事をしている私のことを。

そう考えると、私の頭上に多くのほととぎすが飛び回っていた。

それがとても幻想的で、あの月が見せてくれるまぼろしのように感じた。

私はそっと「美しい…」そう呟きその場を離れる

────────

心にある苦しみ

あの人はどうして私の気持ちに気付いてくれないのか…。

こんなに思っているのに、どうして、あの人は…。

何度そう思ったことだろうか。

あなたの事で沢山の時間を使っている。会わない日も、会う日も、思えば、あなたのことばかり考えている。

こんなにも考えているのに、相手は考えていないだろう…。

どうでもいいと考えてるに違いない…。その素振りがそれを教える。

この身の辛さを嘆いて、ずっと1人で苦しんでいる。

この苦しみから、これから生きてはいけない…消えてしまう命だ…。

そう思っていたが、まだ生きている。

だが、つらさはまだ心の中にあるのだ。

この苦しみにこらえられず流す涙があり、それが…どれだけ多く地にこぼしたことだろう…。

私はそれ程までに、あの人のことを思っている。自分のしたことすらも、悪いことをしたと考え、より良く相手のためをしようと考えている。

あなたはどう考えているのだろうか…?

私はそう思うと、ふっと考えるのを辞めた。

いけない、私はただ好きであったのだ。それは相手に何かを求めるものではない。

ただ、心が、好きであるから好きなのだ。

それ以上に求めてはいない。

忘れていたのだ…

そばにいてくれてありがとう────────

どこかへ逃げる

この苦しい世界にうまれたこと。それが、私の1番の不幸だったのかもしれない。

この世の中、人間関係、災害、自分のすべきこと、他にも多く存在する不幸。

そこから逃げ出したい。私はその思いで、走って、どこかへと向かった。

思いつめて積み重なったものが、とうとう爆発したのだ。

そこで、近くにあった山、そこに逃げ出す。

ここなら、誰も居ない、何かに追われたり、苦しんだりすることはない。

そう思っていた。

なんだか安心して、そのまま座ると、鹿がそばにやってくる。

なんだか、とても弱そうで、今にも倒れてしまいそうな細い足に体。

そこから発せられるその声もまた、とても悲しい声を響かせた。

この山にもまた、つらいことがあるのか…。

私は心の中でそう思った。

すると、なんだか、鹿はとても嬉しそうにしていた。

私はその様子から、楽しい時のことを浮かべる。

私が今までしてきたこと、それは辛く悲しいことも多かったが、楽しいことが全くなかった訳では無い。

しっかりとあって、その時間はとても貴重で大切だった。

この鹿もきっと、悲しくつらいことばかりの中にも、楽しい日々があったのだろう。

私はそう思うと、山から離れて、元の場所に帰ったのだった───────

懐かしいあの日の記憶

私は多くの時を、この地で暮らした。

振り返れば、苦しいことばっかりだった過去。

だが、その記憶も、今では、とても美しい過去。

嫌なことにまみれていたあの日が、とても恋しくて、戻りたいものになっている。

勿論、今もそれと比べることは出来ないほど、大切な日である。

しかし、あの日のことが、もう手に入らないものだと思うと、もう一度、あの時に戻って、ずっと過ごしていたいと感じるのだ。

だが…今のことも同じなのかもしれない。

辛い気持ちを持ちながら過ごしている、この日々が、未来、苦しいことではなく、懐かしく、戻りたいものとなっているのかもしれない。

この苦しさの中に、変わらずある喜びを、なんで気付かなかったのだろうと…その時、悩むのだろうか…。

だが、私は…この苦しい今を喜びたい。

今まで気付かなかった、この苦しさと、この楽しい日々を…有耶無耶にせず、最後まで楽しく過ごしたいのである。

今日、この日は、私にとって大切な1日…

────────


夜に吹く風

今日もあの人は戻ってこなかった。

これで、何日が経っただろう…。

あの人のことを思って、とても長い時間が過ぎた。

けれども、今でも、私はあの人のことを思っている。

こうして一晩中あなたのことを思って、眠れずに物思いをしている。

あなたが戻ってきてくれないつれなさを嘆いているのです。

こうしている間は、中々夜もあけません。

いつもであれば、いつの間にか過ぎている時間なのに、こうして苦しい気持ちに苛まれている間はどうしても、長い時間苦しんでいなければいけない…。

寝室の戸までも、この1人寂しい時間を無情に動かず、ただ、すきま風で寂しい時間を過ごさせるのです。

あぁ、あの人はいつになったら私の元へ来て下さるのでしょうか…。

そうしていると、また隙間から風が吹き付ける。

とても涼しい。その風になんだか、助けられてるような気がした。私の元に寂しくないよう、来てくれている。

そんなふうにも感じたのです。

私はその夜、いつの間にか眠っていたのでした───────

月と私

あの人と会えない。

夜の月を見上げると、あの人のことを思い出す。

あの日々はとてもいいものであった。

考えるだけでも、楽しい日々が、私の頭の中に蘇ってくる。

もしかしたら、あの月は、私に嘆けといって物思いをさせようと言うのか…?

そう考えた。しかし、そんなことはないはずだ…。

私の心が、あの月を、あの人と見立てて思い出すのである。

いつかきっと会える、その思いが、嘘のように、そんな訳がないとそっぽを向いて、何度も沈んでしまう月のように、悲しい日々を過ごしていた。

それが、月をうらみがましく流れされる涙。地面に落ちるこの涙なのだ…。

自分の気持ちが、月を悪者にしてしまった…。

悲しい気持ちのまま、私は月を眺める。

もう一度会えないだろうか…?

そう心の中でたずねる。

けれども返答は来なかった。

そうして、やがて、世界は明るくなり、月はまた隠れてしまった。

もう会えないということだろうか…?

そうたずねると、有明の月が、うっすらと私の視界に入ったのだった──────

雨の後の美しい景色

雨が降っている。
とても長い間。

こう続くと、葉も落ちて、無くなってしまった寂しい木が多く並ぶことだろう…。

そうして、考えているうちに雨は止んだ。

私が散歩に出かけると、松の木があった。

それは、変わらず、葉っぱをつけて、昔から変わらず私の前に立っている。

常盤木…。

私は松の方を見て呟く。正しくそのものだ…。

雨の露が乾かないで、その葉に、雫が乗っていた。

そうして見ていると、霧が段々と常盤木の周りに現れ、立ち上っていく。

日も段々と落ち、一面は、夕方の色に変わった。

秋の日の、この雨が上がった後の時間。

それもまた美しく、自然の美…。いいものを見た。

私はそう思って、そこで、その光景をただ見つめていた──────

ある時のこと

ある場所の入り江に植物がある。

そこの切り株はとても短い。

それは、私のある日のように思い出される。

旅先で出会ったあの人と話した長いようではかない時間。

私にとってはとても大切な時間だった。

あなたはどう思っているのか…?そんなことは分からないも、私はこれからその事を思って、一生を過ごすことになるでしょう。

確かにあった、あの楽しい時間。全てを合わせても、1日に満たない、人生にとっては些細な出来事と言われるかもしれない。

でも、私にとっては、とても大きな事で、大切な思い出でした。

あなたともう一度会いたい…。

そう思っても、あなたは来ることは無いでしょう…。

そう考えるととても悲しく、虚しい時間を過ごしています。

でも、その悲しい感情に負けたくはない。ただ、思い続け、あなたのことを思い続けたい…。

これからもそれは変わることはない。

大切な時間をありがとう…。

隠したいもの

私には秘密がある。

これは誰にも言えない秘密だ。言ってしまえば、悲しませるだけでなく、傷付けてしまうことになる。

そう考えると、言えない。ずっと隠しておきたいものだ。

それも無理なのだろう。

時が経つにつれて、オープンになって、何か全てを言ってしまいそうな程に、秘めておく力が弱まっていくのを感じる。

この隠し事はもう隠し通すことはできないのだろうか…?

それならもう、私の命は要らない。いつの日かパッと消えてしえたら、こうして悩む必要もなく、悪い気持ちももうしないだろう。

いっその事、消えてしまえれば…

人目に分かって欲しくはない。

そう思えども、苦しくなっている自分が居た。

今、私は、自分のことばかりになっている。

この状態では、どうであれ、誰かを幸せにすることはできないだろう…。

そう思うと、考えるのを辞めた。バレてしまうのならそれでいい。

私はただ、今、相手のためにできることをするだけだ。未来に後悔しないために、今、できることをする。

赤い袖

あなたはこの袖の色を見たことがありますか?

私は1人で、あの人を浮かべてたずねる。

この赤く染った衣の色、それは、私のあなたへの思いなのです。

とても苦しく、とても悲しい気持ちで、ずっと過ごしていました。

あなたのことを思い過ごしているのです。

この色は、島に住む漁夫の袖でさえならない赤さ。

潮にすっかり濡れていても、この色には変わってはいません。

私はこの身に強い思いを抱いているのです。あなたと会えない間に。

もし、会えた時、この強い気持ちを伝えたい。

私は今でも、変わらず思いを心の中に持っているということを──────