創作学についての説明⑤

創作学について今回も語っていきます。

創作学、それは一種の、神のような存在でもあると思ってます。

昔、神様が全知全能でない証明として、絶対に貫くほこを作り、絶対につらぬけないたてをつくれば、どちらかが優劣ついて、矛盾がおこるんです。

しかし、創作であれば、どちらも存在してよく、たとえば現在世界で一番強いと言われてる人がいたとして、創作の中ではその人より強い人は無限に存在し、作り続けられます。

例であげるなら、叙事詩などに登場する神様と人間の子供みたいな。ヘラクレスとか色々いますね。

神様が色々国によって違ったりするみたいな感じです。創作であればそれは許される。

説明になってないかもしれませんが、創作とは曖昧な存在で、同時に同じ分野での世界で一番というものがあってもいいと言う許容範囲が広いものでもあります。

人間の心を本当に救ってくれるのは具体的なものでなく、もっと抽象的な存在であると思ってます。

絶対的なものはネガティブだと僕は思ってて、それはもっと重要視しない方がいいと考えてる。

絶対的なものとは何か?現代で言えば、学問、法律、お金などなど。宗教で言えば神様のようなものでしょうか。

だからといって、おざなりにしろという訳でなく、あまりにそう捉えすぎることにより、自分を苦しめたり、その信仰心がかえって悪い方向に進んでしまうからです。

守ったり、それを利用したりするのはいいと思いますが、これは嘘に直結する可能性がある。

法律は絶対守らなければいけない。それはそうなんですが、簡単な例で言えば、詐欺などに使われやすいって点があります。

絶対的なものは信じるのでなく、それなりに守る、重要視しないことが大事になってくると思います。

宗教で言えば、神様は全ての人間をうみだした父であるということ。(大体はそうだと思います)そんな親であるはずの神様が、子供を苦しめたりしようって思うでしょうか?

僕はそうは思いません。だからこそ、絶対的なものと捉えないことが大事だと思います。

こうして絶対的なものはネガティブであり、重要視しない方がいいと言いましたが、では、何を絶対的なものとして見た方がいいのでしょうか?

僕はタイトルの通り、【創作学】など抽象的なものが絶対的にあるといいと思います。曖昧であれば曖昧であるほど、信じる目的が分からなくなる。重要視できにくい存在であるからこそ、それに相応しいのだと僕は思います。

もちろん、創作でなくても、曖昧な存在であれば絶対的なもの、と捉えても問題はないでしょう。

お金自体、最初は、紙でしかないのに、それによって他の何かと交換できたりするのは理解するのに中々厳しかったでしょう。

ただ、時代が進むに連れて、それは絶対的なものとなってしまった。

用途が分かりやすいものだったり、それの価値がこうと決まってるものは具体的なものになり人を苦しめ、抽象的なものは人を救う。

人間の気持ちが分かるのはある意味後者で、抽象的なものを取り入れていくこと。それが大事なのだと思います。

創作学、それが世界中のみんなの内面的な部分。それらを救うこと。僕は信じています。

今日はここまでで終わりにします。